こなごころ

きもちをつづるばしょ

デバッガーになりたいと思っていた

壊リスというゲームをご存知だろうか。

今は亡きFlash Playerのフリーゲームだ。

かつて、俺はこのゲームを文字通り四六時中やっていた。 

 

俺は善意で、というか勝手にこのゲームのデバッグもしていた。

事あるごとに不具合の報告なんかを作者のM.E.氏にお知らせしていたのだ。

紆余曲折は割愛するが、まあそんなこともあって、M.E.氏とは日常的にチャットするような仲になった。

 

ある日、いつものように不具合報告をしていると、M.E.氏にチャットで

 

デバッグの才能あるよね」

 

と言われたことがあった。

俺はその自覚は多少あったが、常々自己評価の低い人間なので、自信は無かった。

でもそう言われると嬉しかった。

 

それからというもの、俺はデバッガーになりたいと思うようになった。

あまり理解されないだろうが、デバッグの作業が楽しかったからだ。

俺は大学ぼっちで暇だったから、アルバイトで探してみようと思った。

 

「デバッガー アルバイト」でググってみると、デバッガーを募集している会社がいくつか出てきた。

ほとんどが東京か大阪だった。

俺は滋賀の実家住みだったから、行けるとしてもせいぜい大阪周辺だ。

※デバッガーのアルバイトは守秘義務の都合で会社に通勤する必要がある。

 

履歴書の郵送が必要なところは面倒だったので、会社のHPの応募フォームから簡単に応募できるところを探した。

そうして、合計4社に応募してみた。

どうせ倍率が高くて自分は当たらないだろうな、と軽い気持ちで。

 

 

 

数日後、応募したうちの1社から電話で連絡が来た。

採用面接の連絡だった。

俺は人生で初めて履歴書というものを書いた。

まったく、きったねえ字だな……。

 

ちなみに、他の1社からも一度連絡があったが、「大学生はダメ」という理由でお断りされた。

募集要項にはそんなこと書いてなかったのに……。

 

面接当日、電車で会社へ向かった。

会社自体はそれほど有名ではないが、結構有名なゲームの開発にも携わっている老舗の会社だ。

めちゃくちゃ緊張する。

 

遅刻するといけないと思って早めに出たが、予定よりかなり早く到着してしまった。

さすがに気が引けたため、会社の周辺をうろついて時間を潰した。

 

いよいよ面接の時間が迫ってきた。

俺はいかにも"ちょうど今着きましたよ"感を出しながら、会社の自動ドアを開けた。

そして、受付の女性に声をかける。

 

「あ、あの、デバッガーのアルバイトの面接で来たんですけど」

 

声がうわずってんなぁ。

名前を伝えると、少し待たされた後、エレベーターの方へ案内された。

エレベーターめっちゃ狭い……。

 

エレベーターを降り、会議室で待つように言われた。

会議室で一人待っていると、面接官……と言うにはかなりラフな格好の人が来た。

一体何を訊かれるんだろう……と身構えていたが、それっぽい質問と言えばスマホは持っているか」ということくらいだった。

スマホの基本的な操作が分かるのであれば、それで良かったらしい。

当時のスマホの普及率はそれほど高くなかったが、俺はなぜか親に買い与えられて持っていた。

 

で、なぜこの質問をされたのかというと、仕事の内容がスマホのアプリのデバッグ作業だったからだ。

基本無料で、一部有料コンテンツのあるタイプのソシャゲのアプリだ。

そのソシャゲ自体はすでにリリースはされていて、俺の仕事はそのソシャゲの来週のイベントに関するデバッグ作業となる。

なお、今回の作業期間は5日間だけだ。

 

その後は誓約書にサインして社員証をもらい、開発室の場所を案内されて終わり、という感じだった。 

なんだか最初から採用確定だったようだ。

その日はそれだけで帰ることになった。

 

 

 

初出社の日。

またしても、かなり早めに到着してしまった。

今回はそんなに遠慮する必要も無いので、とっとと会社の裏口のカードリーダーに社員証をかざして扉を開ける。

エレベーターで上の階へ行って、開発室の前でまた社員証を使って扉を開ける。

社員の人に俺の席を指示され、そこでしばらく待つことに。

 

初日の最初の仕事は、ゲームの仕様の理解や不具合報告のやり方といった基本的な作業を覚えることだった。

検証用のスマホを渡され、それを使ってしばらく遊んでみた。

まあ遊んでみた、と言ってもデバッグモードで数値やフラグをいじり放題なので、ゲーム性は皆無なのだが。

俺はソシャゲをやったことはなかったが、普通にゲーマーではあるので、特に難なく仕様を覚えた。

 

午後からの仕事は、いよいよデバッグ作業だ。

試験項目書に従って動作を確認していくだけなので、まあ言ってしまえば誰でもできる作業だ。

俺はこういうチマチマした作業が好きだ。

 

こうして初日の作業が終わり、2日目、3日目も同じように作業を進めた。

不具合報告も何件かしたが、俺の手際が良かったせいで3日目の午前中には一通りの作業が完了してしまった。

ちゃんとやったのか少し疑われてしまったが、これでもちゃんとやったのだ。

なんなら指示されていた以上やっていた。

試験項目書では100回施行するように指示されていたのを、それでは少ないと思って300回施行してみるとかしていた。

 

暇になってしまったので、残りの期間はフリーデバッグをするように指示された。

フリーデバッグというのは、気になるところを自由にいじってみて不具合が無いか検証する作業だ。

ある意味いつも壊リスでやっていたことなので、それこそ俺が一番得意としているところでもあった。

 

今回はすでにリリース済みのソシャゲなわけで、基本的には完成されているわけだが。

俺はここでも何件か不具合を見つけてしまい、それを報告することになった。

一応言っておくと、俺のデバッグの才能がおかしいだけで、ゲームの質が悪かったわけではない。

 

こうして、初めてのデバッグのアルバイトは終了した。

ネット上では「デバッガーのアルバイトはきつい」などという書き込みも見かけていたが、俺は全然そんなことは感じなかった。

またやりたいと思った。

 

 

 

これが良かったのかたまたまなのか分からないが、その後も何度か同じ会社でデバッガーのアルバイトをした。

まあ説明の手間が省けるから、同じ人を雇うのが楽なのだろうけど。

 

ある程度規模が大きいアプリになると、複数人のバイトで作業を分担することもあった。

ガラケーのゲームアプリのデバッグをしたこともあった。

 

やがて、社員の人からあだ名で呼ばれるような仲にもなった。

むしろ、あだ名でばっかり呼ばれるようになったせいで、本名を知られてないっていう……。

 

一番規模の大きい作業だったのは、俺が最後に携わったスマホのソシャゲアプリだった。

そしてこれは、最初にデバッグをしたソシャゲの続編のアプリでもあった。

つまり新規開発となるわけで、まだ世の中に一切出ていないものとなる。

開発期間は3か月を予定されていて、俺の雇用期間もアプリのリリースまでとなっていた。

 

デバッグのバイトは基本4人体制で行われた。

俺はその開発の最初から最後までデバッガーとしてバイトをしていたが、俺以外は1~2か月程度の短期間の契約でバイトをしていた。

同年代の大学生の子もいれば、結構年上のおじさんもいた。

 

そして開発期間は3か月を過ぎた。

……要するに、3か月では終わらなかったのである。

何度も何度も、これでもかと言うくらいに仕様変更があったのだ。

 

そのせいで、バグが出るわ出るわ。

キャラクターの頭部が表示されなくて首無しになったり、敵の討伐数がアンダーフローしたり、特定の手順を踏むと画面が操作できなくなったり、チュートリアルで進行不能になったり、メモリエラーで強制終了が発生したり……。

バグの半数以上は俺が見つけたものだった。

 

開発予算の都合でバイトにはあまり残業が無かったが、正社員(特にディレクターとプログラマー)は阿鼻叫喚していた。

「これが世に言うデスマーチってやつか……」

と思っていた。

 

俺は他のバイトたちが先に帰ってしまう中、残業代が付かないギリギリの時間まで作業していた。

さっさと切り上げれば、1本早い電車で帰れるのに。

デバッグのチームリーダーの姐さん(正社員)は

 

「開発が遅れてるからって、そんな気を遣わなくても大丈夫ですよ」

 

なんて言って、遅くまで作業する俺を心配してくれたが、

 

「俺はデバッグを好きでやってるんすよ。なんなら給料なんかなくても、タダでも喜んでやりたいくらいっす」

 

と笑顔で返していた。

俺にとって、ここはデバッグという自分の才能を思う存分発揮できる聖地だった。

 

 

 

実はこの時の俺はもう就職活動の時期だった。

俺は悩んでいた。

 

俺はデバッガーになりたいと思っていた。

その才能も十分にあることが分かった。

それは違いない。

 

デバッグを専門とする会社があることも知っている。

そういうところに就職したいとも思っていた。

でも、それでいいのか。

 

デバッグというのは、確かに開発で必要な作業だ。

しかし結局のところ、それ自体は新しいものを何も生み出さない。

どんなに頑張っても、マイナスを0にするための作業でしかないのだ。

それがネックだった。

 

本当は、何かを創る立場になりたかったのだ。

 

 

 

さて、一方ソシャゲの開発はというと。

開発期間は1か月延び、2か月延び、最終的に3か月延びてようやくリリースされた。

サービス開始の瞬間は、正社員もバイトも皆で盛り上がった。

実のところ、リリース直前にまでエラー落ちする致命的なバグが発見されたりと、てんやわんやではあった。

まあそのバグも俺が見つけてしまったやつなんだけども。

 

リリースと同時に雇用期間は一旦終了し、その後は一応俺も普通にそのソシャゲをプレイヤーとして遊んでいた。

デバッグで散々プレイしただけに、内容はすべて把握しきっているのだが。

ちなみに、クレジットタイトルにはデバッガーとして俺の名前も載っていた。 

 

2か月後、そのソシャゲのイベントのデバッグでまた会社に呼ばれた。

ところが、それから間もなくあと1か月でサービスが突然終了することになった。

俺がそれを知ったのは、会社へ向かう電車の中。

ゲーム内のお知らせだった。

 

あれだけ地獄のように開発が進められていたのに、その開発期間よりも短い期間でサービスが終了してしまうのか。

世知辛い。

 

サービス終了時のメッセージ表示のデバッグも俺がやった。

特にこれといった問題も無く順調に作業は完了し、俺の雇用期間は終了した。

 

 

 

俺はその後もデバッガーになりたいという気持ちに揺れていて、就職活動ができていなかった。

そうして煮え切らずにいたところ、とうとう大学の就職課から呼び出しを食らった。

あまり乗り気ではなかったが、翌日就職課に足を運んだ。

 

就職課の担当のおじさんに渋々事情を話すと、他の職業を探すように諭された。

まあそりゃそうだろう。

俺もそう思っているし。

 

デバッガーなんてほとんどがバイトだ。

運良く正社員になれたとしても、その給料で食っていけるかどうかも怪しい。

それに、そんな中途半端な覚悟では、後々もっと辛くなるだろう。

 

他の職業……。

一応俺は大学では機械工学を専攻していたから、工業系の仕事か。

あるいは、デバッグの仕事を否応なしにできるであろう仕事、プログラマーか。

 

大学に来ている求人から、その2種に絞って仕事を探してもらうことにした。

何か行動しないといけないとは思っていたから。

 

大学4年の12月、俺はやっと就職活動を始めた。

 

 

 

俺はデバッグの才能をなんとか就職活動に活かしたいと思って、履歴書の"趣味・特技"の欄に「ゲームのデバッグ」と書いた。

たぶん、そんなことを書いてる奴なんてそういないだろう。

面接で話題にできるかもしれない。

 

その思惑は結構当たることになった。

が、いかんせん受け答えが下手すぎた。

コミュ障すぎてアドリブが全然利かない。

時には面接中にデバッガーへの未練が露呈してしまい、それがきっかけで圧迫面接みたいになってしまうこともあった。

 

このままではマズい。

ちゃんと対策しなければ。

 

俺はそれまでの面接で受けた質問や、ネットで調べた「就職面接でよくある質問」を洗い出した。

そして、それらの回答を文章にして書き出し、暗記することにした。

文章にまとめたことで、いろんな質問にも応用できるようになった。

 

よく考えたら、俺は人並み以上にそこそこ人生経験が豊富だ。

面接で話すネタには困らないじゃないか。

 

 

 

就職活動を始めて1か月後。

ほぼ同じタイミングで3社から内定をもらった。

1社は工業系の会社、2社はIT系の会社だ。

もう選り好みしている時期ではないので、どれかを選ばなければならない。

 

俺はプログラミングのプの字も分からないド素人だったが、それでもデバッグの才能を活かせるならプログラマーを選びたかった。

となると、IT系の会社の2社のどちらかだ。

 

俺は内定したことを誰よりも先にM.E.氏に報告した。

もとをただせば、きっかけを与えてくれた人だからな。

ついでに、どちらの会社が良いか相談してみて、技術屋の観点から意見をもらった。

それから親、就職課の担当のおじさんにも内定の報告をしておいた。

 

俺はIT系の会社のうちの1社を選んだ。

そして残りの2社には、電話で内定辞退の連絡をした。

 

 ……プログラマー

俺も、バイトの時に見たあのプログラマーのように、地獄のような日々を送ることになるんだろうか。

 

 

 

当時の俺はそんなことを考えていた。

今は……プログラマーとしてそれなりの技術を身に着け、それなりに楽しい日々を送っている。

 

不具合はよく出してしまうが、不具合の対応はいつもかなり早い。

その点、デバッグの才能は活かされている。

まあゲームプログラマーではないが、それでも何かを創る仕事だ。

 

もしデバッガーになっていたら、と思うこともある。

それはそれで、楽しく過ごしているかもしれない。

でも今はもう未練は無いし、なんだかんだ今が最適解だった気がする。