今は昔、会社の同期入社した子と付き合っていた時の話。
付き合い始めて1ヶ月ほどした頃、彼女に「大事な話がある」ということで呼び出されたことがあった。
ひえぇ、こいつは間違いなくろくな話じゃないな。
俺が何かマズいことを言ったか、あるいは会社を辞めたいとか、最悪別れ話か……。
胸いっぱいに不安を抱え、会社帰りに待ち合わせ場所のファミレスへ。
"大事な話"の内容は予想外のものだった。
彼女が話してくれたことをまとめるとこうだ。
なんか(俺の)上司からLINEでサシ飲みの誘いがよく来る。
それで根負けして、俺に黙って一度その上司とサシ飲みしてしまった。
そこで高級な香水をプレゼントされた。
それからというもの、上司からLINEのメッセージが大量に来るようになった。
友達に相談してみたら、「それセクハラだよ!」って言われた。
ほえー。マジかー。
しかし思い返してみると、確かに最近何かにつけて上司主催の飲み会やカラオケの誘いがあった。
彼女に対して妙にフレンドリーだったけれど、たぶん娘のような感覚なんだろうと思っていたのだが。
まさか、下心があったとは。
ちなみに上司はバツイチ子持ちの50代のおっさんで、上司の娘は俺や彼女と同年代である。
毎日のようにポケモンGOの自慢話をしてくるため、少々鬱陶しい。
が、社内では技術屋として指折りの人材であり、社長にも遠慮なく物申せる古株でもある。
念のため、彼女のLINEの内容を見せてもらうと、確かに明らかに好意のあるメッセージが上司から現在進行形で来ていた。
というか内容が絶妙にキモい。(男の俺でも普通に引くレベル)
ポケGOのどうでもいい報告もかなりある。
これがすでに50件ほど未読になっているにもかかわらず、送信され続けている。
やべえ。コイツはやべえ。
ストーカーになりかねない。
何か手を打たねば。
まず、LINEのブロックだ。
総務のおば様にも相談しよう。
事態が悪化したら、俺も部長にかけあってみる。
ということで話はまとまった。
彼女は俺に黙ってサシ飲みに行ってしまったことを謝ってくれたが、俺は彼女に「話してくれてありがとう」と言っておいた。
後日、飲み屋にて相談会を開いた。
メンツは俺と彼女と総務のおば様だ。
事の経緯はすでに話してあったから、どちらかというと彼女のメンタルケアが目的の相談会だ。
付き合っていることは内緒だが。
総務のおば様によると、実は上司には前科があったようだ。
もう辞めてしまった子だが、その子が会社から帰るのを待ち伏せて、車で送ろうとしていたらしい。
それが原因で辞めたわけではないとは聞いたが……真偽は定かではない。
というわけで、会社の行き来はなるべく誰かと一緒になるようにしようということになった。
事情を知っているのは俺だけだから、基本的に俺がその役を務めるのだが。
それでしばらく様子を見て、ダメそうなら次の手を打とう。
俺と彼女は、会社を出る時は別のタイミングで出るようにしていた。
そして、先に出た方は会社のすぐ近くで待って、後で一緒に帰るという寸法だ。
こんなことをしているのは、露骨に付き合っていることを匂わせると他の社員に気を遣わせてしまうからだ。
数日後、会社の帰りに上司が同じ電車に乗り合わせてきた。
先に帰ったと思ったら、ポケGOでしばらく時間をつぶして待っていたようだ。
こちとら改札から遠い車両に乗るようにしているのに、彼女を見つけるとわざわざ車両を移動して来るのだった。
しかし、俺が一緒にいられるのは住まいの都合で2駅までだ。
俺が降りた後、上司はまた彼女を飲みに誘っていた。
それから、LINEをブロックされたことに対して、「俺がもっと積極的にいかなかったから怒ってたんだよね」という明々後日方向の発言もあったようだ。
恋は盲目とは本当によく言ったものだな。
それからまた別の日、上司が帰り際に彼女に紙切れを手渡してきた。
俺が見ている目の前で。
確認してみると、そこに書かれていたのは「機嫌直して」だった。
LINEブロックされている分際で彼氏ヅラか、コイツは。
とりあえず、紙切れは俺がビリビリに破いて捨てておいた。
他にも、電車で隣に座ってきて脚を触ってくる、「LINEのブロックを解除して」と耳打ちしてくる、彼女が会社から出たのを見たらとっとと仕事を終わらせて走って追いかける等の大変キモい言動があった。
それ完全にストーカーだからね。
どうにも事態が悪化しているので、次の手を打つことにする。
メールで彼女から直々にお断りの意思表示をしてやるのだ。
お断りメールの内容は大体こんな感じだ。
プライベートでメッセージをいただいていますが、そういった連絡をされるのは負担です。
申し訳ありませんが、今後も個人的に連絡を取り合うのは控えさせてください。
なるべく穏便に事を済ませたい。
これで解決すればいいのだが……まあ無理だろうな。
さて、返ってきたメールは。
すぐには気持ちが切り替わらず、モヤモヤしています。
ご立腹なされるのは重々承知の上で身勝手なお願いではありますが、以前のように負担はかけないので、もう一度つながってもらえませんか?
いやいやいやいや、違う違う。何も分かってねえ。
ビジネスメールってのは本当面倒くさいな。
オブラートに包んでやったせいで何も伝わってねえ。
怒ってんじゃない。嫌がってんだよ。
プライベートに踏み込んでくるのがそもそも迷惑なんだよ。
予想通りの期待していない反応ではあったが、上司はその後体調を崩して大人しくなった。
精神的なものがどうとか言っていたから、たぶん曲がりなりにもお断りメールの効果はあったのだろう。
その年の会社の忘年会。
幸か不幸か、俺と上司はくじ引きで同じテーブルになった。
彼女は(何らかの力が働いたことにより)無事離れた席になった。
俺は一切酒を飲まないのだが、彼女はかなり飲む方だ。
ものの数時間で、彼女はすっかりできあがってしまっていた。
俺を含め、周りの何人かはその様子をヒヤヒヤしながら見守っていたが、重役の方々は楽しそうに笑ってくれていた。
っていうか、この忘年会は彼女が幹事なんだが。
ひとまず、忘年会はすんなり終わった。
やっぱりというか、上司が二次会に誘ってきた。
どうせ断るだろうと思っていたら、彼女が行くと言い出した。
どう考えても、そんなハイリスクなことはしたくない。
しばらく大人しかったとはいえ、上司には間違いなく下心がある。
大丈夫なわけが無い。
俺は嫌な顔をしたが、彼女がわがままを言いだした。
「飲み足りないから行きたい。他の人も一緒なら大丈夫」
どう見てもすでに酔っぱらっているのだが、それゆえに手が付けられない。
彼女の酒癖の悪さを侮っていた。
今無理に止めても、確実に周りの人に変な目で見られてしまうだろう。
仕方なく、俺も付いて行くことにした。
二次会の飲み屋に着くと、上司が隣の席に彼女を誘導してきた。
彼女が酔っぱらっているのを良いことに、完全に調子に乗ってやがる。
俺のイライラはすでにメーターを振り切っているのだが。
結局、俺はほとんど喋らず、お通しとソフトドリンク1杯だけで済ませた。
というか食べられる気分ではなかった。
小一時間で飲み屋を出て、お開きとなった。
彼女はごきげんだが千鳥足だ。
駅までの帰り道、こともあろうに上司が彼女と手を繋ぎだした。
俺は負けじと、彼女の腕を掴んだ。
上司がやたらと引っ張るせいで振りほどかれそうになったが、決して離さなかった。
これ以上、上司に好き勝手させてたまるか。
一緒にいた他の先輩方から見るとかなり異様な光景だったと思うが、もうそんなことは気にしていられない。
駅に着くと、各自解散になった。
そこでようやく上司が彼女の手を離したかと思うと、不意に彼女に顔を近付けてきた。
彼女が悲鳴をあげたため、それは未遂に終わったが。
どう見てもキスしようとしてたよね。
正直、殺意が湧いた。
これが「俺の女に手ェ出すな」っていう感情なのか。
シラフでなければぶん殴っていたかもしれない。
その後、酔いが醒めた彼女から電話がかかってきた。
さすがに危機感が無さすぎるため、しっかり叱っておいた。
ついでに、以降一年間は外でお酒は飲まないように言いつけた。
酒好きの彼女にとってはかなり辛いことなのは百も承知だが、彼女自身のためだ。
束縛しているみたいで、本当は俺も嫌なのだが。
年が明けると、上司のセクハラは下火になった。
上司の娘が近々結婚するとのことで、その準備に追われてそれどころじゃないようだ。
まあその話を毎日のように聞かされるため、それはそれで鬱陶しいが。
とは言え、上司は普通に彼女に話しかけてくるし、飲みに誘ってくることもあった。
どうやら、勝手に許されたと思っているようだ。
年に2回、俺の会社では部長と面談する機会がある。
日頃感じていることや今後の目標のことを話し合うのだ。
ここで俺が彼女と付き合っていることがバレた。
時々、俺が彼女と一緒に出退勤しているのを見かけられていたからだ。
思わず「あー、あのあえーと、ぉぅぇ」というコミュ障反応をしてしまった。
我ながら情けない。
「もう少し周りに気を遣え」
と言われてしまった。
別に日頃からイチャコラしていたわけではない。
けれど、それでも不快に感じられたのだろう。
それから、最近仕事中によくお手洗いのために席を外していることを指摘された。
「ストレスで……」と言い訳してみると、その原因を聞かれた。
……バレてしまったものは仕方ない。
こうなりゃヤケだ。上司のセクハラ問題もバラしてしまえ。
どうせ話したところで、何か手を打ってくれるわけでもないんだ。
その場で思いつく限り、ただの悪口にならないように慎重に言葉を選んで話した。
が、部長の反応はよろしくなかった。
要約すると、「セクハラのような問題はよくあることだから、そんなことでお腹壊さないようにしろ」という感じ。
そっか。
俺のメンタルが豆腐なのが悪いんだな。
俺は周りに気を遣えていなかったんだな。
もっと上手く話せるようにならないといけないよな。
その日はかなり落ち込んだ。
翌日もずっと、面談でのことが頭から離れなかった。
けれど、よくよく考えてみると、俺は何も悪いことはしてないのではないか?
別にこの件を社内で言いふらしたわけではない。
上司に対して個人的な感情で強く当たったこともない。
仕事は仕事と割り切って、上司が関わる仕事も素直にこなした。
自分、彼女、上司の立場も考え、周りに迷惑をかけないように平和的に解決しようとしてきた。
彼女が挫けてしまわないよう、励まし続けていた。
……だんだん腹が立ってきた。
そもそも悪いのは上司だろうが。
それなのに上司には何のお咎めも無し。
俺や彼女だけが嫌な思いをして、それで周りに気を遣えだと?
ふざけんなよ。
部長に言いたいことを言ってやる。
……でも直接話すとコミュ障が暴発するから、メールにしよう。
数日かけて内容を考えて、部長にメールを送った。
面談の際、私の拙い説明では上手く伝わらなかったかと思いますが、セクハラ問題は深刻です。
彼女はこの件で会社を辞めるかどうか本気で悩んでしましたし、そういったネガティブな理由で辞める(辞めさせられる)ようであれば、私も辞める所存です。
ちなみに、総務の○○さんにはすでにこの件は話してあります。
私が彼女と一緒に(駅~会社間だけですが)出退勤していたのはセクハラ対策(○○さんからのアドバイス)です。
この件に関して会社側が何かしらの対策をしてくれるということは期待していませんし、問題を大きくしたいわけでもありません。
せめて自分たちでできることをやっているつもりです。
ご不快な思いをさせてしまったのであれば申し訳ありませんが、何卒ご理解いただけますと幸いです。
これに対してはそれなりに理解を示してくれたようで、「いつでも相談してください」という旨の返事はもらった。
まあ相談することはないだろうが。
その後、彼女は部署異動になったため別のフロアになった。
一応断っておくが、彼女が元々志望していた部署への異動であり、別にセクハラのせいではない。
これによって、事実上セクハラ問題は収束した。
結局上司にはお咎め無しなのだが、逆恨みされても面倒だし、何もしてこないならそれに越したことはない。
会社にとって、トカゲのしっぽになるのは俺や彼女なのだ。
どうしても辛かったら、辞めても良かったのかもしれない。
でも、辞めた後どうするとか、周りへの配慮とか、自分の変な噂が立てられないかとか、心配になるから辞めるに辞められないと思う。
だから俺たちはこの件を大ごとにはせず、地道な方法を取った。
最善の結果が得られたかどうかは分からない。
ただ、何もしなかったよりはよっぽど良かったろう。
女性諸君。
一度サシ飲みしたとか、LINEを送ったらちゃんと返してくれるとか、いつでも笑顔で対応してくれるとか、それだけで気があると勘違いする男もいる。
まさか自分が。
まさかあの人が。
なんて思わない方が良い。
自分の物差しだけで人を判断してはいけない。
おかしいと思ったら、信頼できる人に相談だ。
それと、酒の量はちゃんとセーブしような。
男性諸君。
一度サシ飲みしたとか、LINEを送ったらちゃんと返してくれるとか、いつでも笑顔で対応してくれるとか、それだけで気があると勘違いしてはいけない。
残念ながらそれは社交辞令だ。
ましてや、おっさんが若い子を口説こうものならパワハラにもなりえる。
大ごとにされなかっただけマシと思え。
そして、失った信用は二度と取り戻せないと思え。